バンドを始めたのは高校生の頃。たしか女にモテたいとかそんなつまんねー理由。
ドラムにしたのは単にじゃんけんに負けたから。楽器なんてどれもロクに弾けない奴らばっかのくせに、全員が全員ギターやりたいって言い出したせいだ。結果じゃんけん。そして俺は一人負け。
ああ、そりゃあギターがカッコイイさ。ファック。
それでも俺は真面目に練習した。叩けるようになり出したらドラムもけっこう面白かったし、爽快だった。もしかしたらちまちま弦弾くよりもずっと向いていたのかもしれない。
中身のない適当なコピーバンドで、客はほぼ知り合いを寄せ集めただけというなし崩しの雰囲気のライブを2、3度やって、俺達は満足した。というより、ライブをやるまでの過程で覚えたバイトと酒と煙草と、あと女。そういったものにそれぞれが夢中になっていって本来のメインだったバンドは自然消滅した。解散ってやつだ。
とはいえ俺も他の奴らの事は言えなくて、実はその時、俺は完全にクルマの魅力にヤラれていた。それまでも無免で動かしていたが、18になり免許が取れて堂々と転がせるようになってからはますます深みにハマった。もちろん、今も夢中。
バンドに未練はない。音楽性の違いとかいう小難しい理由で解散したわけでもなし、もともとダチ同士で集まって作ったバンドだったから解散したからといって仲が悪くなるわけもない。実際今でもたまに連絡を取ったりもする。
けど、思い返せばライブの打ち合わせだなんだと言って毎日顔つき合わせては、セットリストがどーのパフォーマンスがどーのと聞きかじったカッコ良さげな言葉を並べてイキがっていたあの時も、それなりに楽しかったように思う。
だから、本当にガキだった頃のツレに久々に会ってバンドの話が出た時、俺も昔ドラム叩いてたなんて偉そうに自慢しちまったのかもしれない。
そしてそれが運命の分かれ目。
ソイツは、「マジか!?今ウチのバンド太鼓叩ける奴探してたんだよいやー助かるわラッキー」と一息で言い切って、すぐに携帯でメンバーらしき相手と連絡を取り、
「じゃあ今週の日曜、メンバー紹介するわ。場所はココ。遅れんじゃねーぞ?」
と俺の手に手書きの、スタジオの場所を記した地図らしきくしゃくしゃのメモを握らせて上機嫌で帰っていった。勢いに押されてついOKしてしまった。つーか、口を挟むヒマもあんまりなかった。
冗談じゃねえ、と言って断りゃあ良かったと思ったのは当日、留守電に入っていたメッセージ、「ごっめ~ん。俺ちょっと遅れるわ。先行っててくれよ、みんなには言ってあるから!じゃ!」を確認した時だ。しかし妙に律儀な性格の俺は約束した手前すっぽかす事もできず、とりあえず時間通りに一人で指定されたスタジオへ向かった。
スタジオには既に3人の男がいた。
まず目についたのは、でかい手にいくつも指輪を嵌めた、いかにもロックやってます、って感じの赤毛の大男。
俺を見て面白そうに片方の眉だけ上げ下げした。コイツ絶対ギターだろうな。肩からギターぶら下げているからそう思ったんじゃなく、俺の直感がそう告げている。だってモテそうだから。畜生。
その隣には人形みたいに奇麗な顔した男が立っていて、やっぱり人形のような無表情で視線だけこちらに寄越してきた。
目が動かなきゃマネキンと間違えてたぞ、これ。
それから、ヒョロい眼鏡の男。
背は高いがなんだか弱そうで、そのわりには変なロン毛のせいでカタギにも見えない。バンドマンというよりライブハウス前の路面で合法ドラッグ売ってそうな男だな。
「譜面は読めるかい?」
その眼鏡の男が俺にそう言ってきた。挨拶も自己紹介も何も無しで、いきなりだ。
読めなくもない。が、譜面を見ただけで演奏、なんていう高度な事はできない。むしろ今までほとんど耳コピーしかした事がない。それってつまり読めるとは言わなくねーか?などと考えて、あー、とか、うー、とかテキトーな返事をしているうちにその眼鏡は手のひらをこちらに向けて静止のジェスチャーをしながら、わかったと笑った。
馬鹿にされたんじゃねえか、とこちらが怒る間もなく、眼鏡はスタンドに立ててあったレスポールを担いだ。
「ルキーノ、ジュリオ。『Poetical Beat』だ。頭から」
その言葉に、マネキンがやっぱり無表情のまま頷いてベースを手に取り、赤毛が両手を広げて、Yes,sirとおどけた口調で返事をした。
それまでしんとしていた防音室のスタジオにエレキの大音量が鳴り響く。
赤毛の色男はごつい腕を振り回して派手なストロークで和音を奏でる。カッコつけた弾き方がきっちりサマになっていて、しかも明らかに余計なアクションを所々に挟んでくる。なのに少しも音は外さない。それはたしかにちょっとカッコ良かった。そう思わされた事がムカツク。ファック。
無表情のベーシストは淀みなく狂いなく重低音でリズムを刻む。美形すぎてちょっと女みたいな顔に似合わず身長は高く、ベースのくせに存在感は十分だ。
その横で眼鏡が二人とは対照的に、地味にピッキングで主軸となる旋律を弦に滑らせていた。淡々と、それでいて耳にスムーズに入ってくるメロディを。
俺は思った。
俺らがやってたバンドって、ほんとーにガキのママゴトだったんだな、と。
コイツら、マジで上手い。ほぼ素人同然の俺が聞いてもわかるくらいに。プロレベル、なんてもんじゃねえ。
数日前の居酒屋での会話を思い出す。
「バンドっても、高校の頃ちょっと遊びでやってただけだしよ……」
「だいじょーぶ!俺らも遊びでやってんだから!」
……嘘つけぇ!!これのどこが遊びだよ!!
アイツ、ボーカルっつってたな。こんな奴らバックにつけて歌ってやがるのか。
ヤバい。昨日まではただの昔の悪ガキ仲間だったアイツが、いきなり違う世界の住人に思えてくる。
きっと俺の顔にはボーゼンの文字が書かれていたに違いない。口も開いていたかもしれない。
赤毛の方が俺をちらりと見て癇に障る笑い方でニヤリと笑い、それから眼鏡に向かってウインクする。それに苦笑で応えた眼鏡はふっと俺の方へ視線を走らせた。
え?と思った瞬間、ソイツの左手がネックの上を高速でスライドした。キュイン、と切なげな悲鳴が駆け抜ける。
一瞬で、その男の雰囲気が変わった。
唐突に主旋律が途切れる。
代わりに、脳髄にガンガン響く高音のリフ。
時折入るビブラートと、その度に変化する音階。
心臓を締め付けるようなサウンド。
これ、本当に弾いてるのか。そう思うくらい次々に音が溢れ出す。
目で追い切れないほどの速さで押さえる弦を変える指の動きにしばらく見惚れていたのだが、ふと視線を上げてみると。
俯き、長い髪を揺らして速すぎるビートを刻むその男の唇は、緩く微笑んでいた。
背筋がゾクリとした。
これが。
本物のギタリスト。
キメのコードで曲は終了した。
俺はここに何をしにきたのかすっかり忘れていた。足先まで痺れる音の余韻に浸っていると、眼鏡のギタリストがストラップを肩にかけたまま、手で自分の後方を示した。そこには、俺には懐かしい、ドラムセットが一式。
「じゃあ、次は君も入ってくれ。ああ、既存の譜面は気にしなくて良い。好きに叩いてみてくれ」
「は……?はああぁっ!?」
無理。絶っ対、ムリ!
悔しいけど、レベルが違う。こっちはたかが高校生バンドで、しかもどれだけブランクがあると思ってんだ。いや、ブランクなんかなくたって無理だ。第一アドリブで、なんてやった事すらない。
チラリと目を泳がせると、左側では赤毛が面白い見せ物を見るような目で笑っていた。右側には、動く人形のような顔が、今までのような無表情ではなく、形の良い眉をわずかにひそめている。早くしろ、と言いたげに。
そして目の前の眼鏡は、優しげだが有無を言わせぬ笑顔を崩さない。そこで俺は初めて、これは俺を試すいわばオーディションなのだ、と気付いた。
仕方ねえ。それなら、結果がどうなろうと逃げるのは性に合わねえ。
俺は戦場に赴く兵士のように大袈裟に覚悟を決めて、バスドラムの前に座った。
チキショー!やってやるよ!Fuck Ass!
「うん、技術面はまだまだ要練習だが、リズム感は悪くない。度胸もある。良いんじゃないか?」
「そうだな……。俺は何でもいい」
肩で息をする俺を見遣り、二人ともそれぞれが好き勝手な事を言って、それから最終決定を窺うように眼鏡の男を見た。てめえらは気楽でいいよな。俺はここ数年来、経験した事ないほど緊張してたっていうのに。クソ、まだ足が震えてる。
両方から視線を受けた男は、そうだね、とこれまた軽く言った。ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「何より、素直な音が良いね。気に入ったよ。これからよろしく、ええと……イヴァン?」
差し出された右手に、心の底から感動した。
1時間前の俺なら、何を偉そうに、と思ったかもしれない。こうして喋っている分にはただの陰気な兄ちゃんにしか見えない。
しかし、あのギターを聞いてしまった。正直あの瞬間のあの男は、神か、もしくは魔物だと思った。
そのすぐ後にふらふらやってきた能天気な金髪頭を、馬鹿!遅っせーよバカ!!と怒鳴りつけた俺は間違いなく涙目だっただろう。
「えー、そんな昔の事持ち出して怒らなくてもいいじゃん?イヴァンって意外と粘着質?」
「てめっ!あの時俺がどれだけ……!」
「や、でも、お前ラッキーよ?初対面でベルナルドの早弾きが聞けたんだから。俺がいくら頼んでもめったにやってくんねーのに」
「知るかボケ!」
あの後、俺はすぐにドラムセットをローンで買って猛練習した。住み込みで働いている車の修理工場のガレージの隅に置いて。おかげで親爺にはウルセエと何度も怒鳴られたが。クソジジイ、車のエンジン音は気にならないくせによ。
……真面目って言うな。あんな連中の中に放り出されりゃ誰だって焦る。プライドも疼こうってもんだ。
それに自分でもだんだん上手くなっていくのがわかるのも楽しかった。技術が伴えば、ドラムが一番アドリブを効かせられる幅が広くて面白えんだよ。
あと絶対、死んでも口には出さないが、ビシッとキマった時にはあの音楽バカ眼鏡が称賛のかわりに無言で微笑む。それがけっこう嬉しかったりする。あのギタリストに認められた、なんてな。
絶対、内緒だけど。
「んで、なんで俺怒られてたんだっけ?」
「だ、から!お前の遅刻癖がいつまでたっても治んねーって話だろーが!」
「悪かったってぇ。謝るからさぁ。仕事もう終わるよね?この後スタジオで練習よね?一緒に車に乗せてってぇ、イヴァンちゃ~ん」
「死・ね」
手にしたスパナを振りかざすと、きゃ~と頭の悪い裏声で悲鳴を上げてその場から飛び退いた。人の仕事場まで邪魔しに来やがって。
「いいじゃん~。俺達、親友デショ?」
「っせえ!気色悪りぃ声出してんじゃねえ!」
怒鳴っても一向に堪える事なくケタケタ笑って同じガレージに置いてある俺の愛車に飛び付いたバカに向かって、触んな傷が付く!今開けるから!とまた怒鳴り散らして、俺は軍手を放り捨ててジーンズの尻ポケットから車のキーを出した。
傍らに置いていた愛用のドラムスティックを掴んで車の方へと走り寄る。
サンキュー。
こんなファッキンでクールな遊びに俺を巻き込んでくれて。
やっぱりお前は最高の親友だ、ジャン。
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