25.喉元の歯型(ジャンベル)‏‏‏‏‏‏‏‏‏

どすん。と、思っていたより派手な音がしてベルナルドの長身がソファーに倒れる。

倒したのは俺だけど。
細い身体は見た目通り軽くて、意外なほど簡単に押し倒されてくれた。ベルナルドが起き上がるより先に、素早く薄い腹の上を両膝で跨いで乗っかる。俺に肩をおさえつけられてベルナルドはまた革のソファーに頭をつける羽目になった。


「ジャ、ジャン……?」


ずれた眼鏡で俺を見上げてくるベルナルドはなんだか可愛かったけれど、曖昧な笑顔につられて笑ってはやらない。できる限り真剣な顔を作って、ベルナルドの上に覆い被さった。手触りの良い上着のボタンを順番にゆっくりと外す。この体勢じゃ脱がせるのは無理だからそのままにしておいて、次にきっちりと絞められたネクタイに手をかける。結び目を我ながら器用に片手だけで解いて、するん、と抜き取り、高価そうなそれをベルナルドに見せつけるようにしてぞんざいに放り投げた。
これで気が付かないわけもないだろう、今から自分が何をされるか、について。

聡明な 筆頭幹部殿は案の定俺の意図を察したようで、薄いグリーンの瞳に動揺の色を浮かべたが、抵抗はしなかった。だけど俺は、押しのけようとするわけでもなく、まして背中に回される事もなく、だらんと垂れ下がったままのベルナルドの腕に少しだけ失望する。

失望?なんで?

突然湧き上がった疑問を軽く頭を振ってよそに追いやる。そうじゃない。まだ目的は達していないのだ。
シャツのボタンを全て外されても、ベルナルドはやはり抵抗しない。シャツの前をはだけさせると奇麗に浮き出た鎖骨の形が目に留まる。ヤバい、ちょっと色っぽいな。なんて思いながら、その鎖骨の上、首元のあたりに唇を押し当てる。
口付けた瞬間、小さくベルナルドの身体が反射的にびく、と跳ねた。いやいや、その反応はマズいんじゃないの、オルトラーニ幹部?レイプ魔を調子に乗せちゃうよ?


「ベルナルドぉ?今日鏡見た?」
「……え?」
「こ・れ。随分と情熱的なレディねえ?」


そこで俺は初めて笑った。
さっき唇で触れた箇所をつっと指 で撫でる。
そこには紅く色付いた鬱血の跡。しかも見事な歯型付き。
この完璧なキスマークは一番上のボタンまできっちりと留めたシャツの首元からちらちら見えていた。やっぱり自分では気付いてなかったようで、指摘されたベルナルドは可笑しいくらいに狼狽して口の中でもごもごと言い訳にもなっていない事を言った。


「いや、違うんだ。これは、その、」
「別に、いーんだけどさ。部下の恋愛に口出すような心の狭いカポじゃないしぃー」
「恋愛……というかね、ジャン」
「それに俺、ちょっと前からベルナルドに恋人が出来た事、気付いてたし?」
「は!?ど、どうして!?」


予想以上に余裕のない返答に内心ちょっと驚きながら、ベルナルドを真っ直ぐに見下ろす。


「俺の事、ハニーって呼んでくれなくなった」


あ。
失敗した。

予定ではもっと勝ち誇ったように、とっておきの切り札のジョーカーを見せつけるように暴露するつもりだったのに。
なんで、こんな拗ねたみたいな言い方。これ じゃあまるで、俺が。


「ああ、ジャン……!お前はなんて、可愛い……!」


今度は俺の方が動揺して言い訳しようとしたが、それより早くベルナルドの両腕が俺の腰に回って抱き寄せられる。横になったまま抱き合ってベルナルドは俺の髪に口付けたけれど、俺の指摘を否定しようとはしなかった。
それが少し切なくて。
俺はベルナルドの裸の胸に顔を押し付けて、バーカ、と呟いて笑った。





あれ?もしかしてこれって……失恋?
まさか、そーいうんじゃないはずだろ、俺。