24.寝言(ルキベル)‏‏‏‏‏‏‏‏

夜の帳が街を包み込む。
不平等な世の中だが、おそらく時間は全ての人々に等しく流れる唯一のものだろう。





ベッドのスプリングを揺らさぬよう注意して、そっとぬくもりの中から抜け出す。
闇を嫌う俺のせいで小さな灯りはつけたままだ。ルキーノも明るい中で眠る事に慣れて久しい。理由を言わない俺に疑問符を残しつつも、電気なんか消しても消さなくてもどちらでもいいと言った。それから、別の目的でベッドを使う時には灯りはあった方がいいに決まってるが、と付け加えて笑ったルキーノは灯りをつけて眠っても特に寝つきが悪いという事もないようだった。

俺の方は明るかろうが暗かろうが容易に眠りが訪れてくれない事に変わりはない。夜中に一人ベッドから抜け出るのもよくある事だった。アームチェアをベッドの傍まで音を立てないようにひきずってきて、窓に背を向けて座った。カーテン越しに迫りくる夜の闇を背中で拒絶する。


そうして、俺は待っている。


ルキーノは王侯貴族のように贅沢に眠りを享受 している。その彫刻のように整った寝顔を静かに眺めたが、規則正しい呼吸音がかすかに漏れ聞こえるばかりだ。夢が入り込む隙間もないくらいに眠りは深いように見える。


俺は待っている。


ルキーノの唇が、かつて愛した二人の名前を呼ぶ瞬間を。


それは期待でも願望でもなく、ひどい欺瞞と欲望に近い自虐的な遊戯だ。官能的な厚い唇がその名前を紡いだ時、果たして俺はどんな気持ちがするのだろうか、とふと考えた。元を辿ればそんな所か。眠れない夜の、ただの時間潰しだ。しかし本当は、単に聞きたいだけだった。美しい二つの名前を、数時間前には俺に口付けた唇が呼ぶのを。
人を好きになるのに理由は要らないとはよく言うが、相手を好きだと認めるために多分の言い訳を必要とする俺は、そのくせ理由なく暗い欲望を相手に押し付ける事に関してためらいを感じなかった。我ながら人でなしだ、と思う。ルキーノに知られたら激怒された上に絶縁されるだろう。

だが、今までルキーノがその名前を口にした事は一度もなかった。
それに失望する権利までは俺は持ち合わせていない。また俺は待ち続ける。これは眠れない孤独を埋める手段にすぎないはずだから、結果が伴わなくても構わなかった。




オレンジ色の灯りの下で身じろぎをしてルキーノが目を開ける。ベッドにいない俺に向かって、どうしたとか眠れないのかとか、聞いてきたのは最初のうちだけだった。今はもう、何も言わずにちょっと笑いながら手まねきするだけだ。そうして冷えた身体をベッドに戻す機会を得た俺は大人しくルキーノの腕の中にもぐり込むのだ。


今日もまた、まだ眠そうなルキーノが片手を上げる動作に引き寄せられてベッドに戻る。ルキーノの隣に滑り込んで枕に頭を預けると、俺は微笑んで嘘をついた。

「楽しい夢を見ていたようだな。カテリーナはそんなに良い女だったか?」
「お前の名前を呼ばなかったからって拗ねるなよ」

浮き名も多いルキーノは、脳内にある女性遍歴の名簿をめくる事もせずに即答した。嘘だよ、と俺が言うとルキーノは低く笑って抱き寄せる力を強 めてくる。





それでも、俺は待っている。
いつかルキーノが夢の中で彼女達に再会する時を。


ひょっとすると俺は、それを聞いてただ思いきり泣きたいだけなのかもしれない。