17.知音(ルキベル)
珍しい事に、ベルナルドが鼻歌を歌っている。
手には電話線のコード。たしかに、単純作業中は手は忙しくても口は暇なものだが。
「それ、聞き覚えがあるな」
途端に音が止む。ルキーノの呟きに顔を上げたベルナルドが歌うのを止めたからだ。
どこかもの悲しいメロディがふいに途切れて、静けさがやけに耳につく。
ベルナルドはバツが悪そうに苦笑する。
「すまない。鼻歌で口ずさんでいい歌じゃないな」
その言葉で気付いた。
今日は月曜日。
昨日のミサにはベルナルドも来ていたはずだ。
「別に、そのくらいで怒るほど我らが主は狭量じゃないだろ。歌詞は、何だったか」
「『天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す』」
「ああ、『その響きは全地に、その言葉は世界の果てに向かう』か。俺も覚えてる」
「はは、間が飛んだけどね。詩編の19章だ」
「詳しいな。まさか聖歌隊にいたとか言わんだろうな?」
ベルナルドが手元に視線を戻して作業を再開する。
それを眺めながら、ルキーノはソファでベルナルドの部下が淹れたコーヒーを飲んだ。香り高い液体の湯気の向こうでベルナルドが俯いた姿勢で恐ろしく器用な指を動かしている。
「子供の頃、少しだけ教会の手伝いをしていてね」
「へえ。親が熱心な信徒だったのか?」
「ミサの手伝いをすると菓子がもらえたんだよ。俺のような貧しい家の子供には魅力的な、甘いやつが。信仰とは程遠い、即物的な理由だ」
「ガキなんてみんなそんなもんだろ」
「それでも、ガキの俺は純粋に救いを信じていたよ。教会は子供の目にも十分美しかったから」
「そこから神父になろうなんて気は起こさなかったか?」
「まさか。ありえない」
嘲笑に近い笑みを口元に浮かべたベルナルドは、ルネッサンス期の油絵のような横顔で言った。
「神様なんか嫌いだよ」
まったく同じ言葉をルキーノもまた口にした事があった。
だから知っている。
その言葉こそ、ベルナルドが神を信じている証である事を。
神の愛を深く信じる者が、必ず一度は問いかけずにはいられない疑問がある。答え無き問いを。
そして祈りの代わりに、血を吐くようにその台詞を呟くのだ。
嫌いだ、というのは、それでも忘れられないという意味である。
「さっきの、もう一度歌えよ」
けれどベルナルドは笑うばかりで、もう歌いはしなかった。