16、たぶん、あれは恋だった(ジャン)‏‏‏

もう随分前。
あれは俺がまだただのガキで、チンピラで、何の根拠もなく漠然と明るい未来を信じていた頃。

当時の、まだ幹部になる前のベルナルドは今の俺よりも若かったけれど、ティーンズの俺の目にはずっと大人の男に見えていた、今から思えば青臭かったあの頃。







薄汚い石畳の路地裏を、俺とベルナルドはそろって千鳥足で歩いていた。街はその時間特有の透明な青さに包まれている。
夜明けは目前だ。



奢り、という言葉につられて、月の初めにベルナルドと飲みに行くのが半ば恒例になっていた。


ジャンと親睦を深めたくて、とベルナルドは言った。常連と言うほど通っているわけではないモグリの酒場で、俺達は馬鹿な話をしては笑い合った。朝になれば忘れてしまうようなつまらない内容ばかり。実際には朝どころか、店を出る時分にはもう何を話していたか忘れていた。


覚えていたのは、楽しそうに喋るベルナルドが自分の話はほとんどしなかったという事くらいだ。







酔っ払いの俺達は、ひどく眠かったけれど、このまま別々のねぐらに戻って寝てしまうのがなんとなくもったいなくて、急速に明るくなっていく空の下をふらふらと夜の酔いを引きずりながら歩いていた。肺を焼くような澄んだ空気と、無言で隣を歩くベルナルドの柔らかい気配。朝は近い。




やがて、港に出た。




ずらりと並ぶ漁船やタンカーのずっと向こうに水平線があって、そこには既に半分くらい太陽が顔を覗かせていた。その太陽に照らされた海は、水面に立つ無数の波が揺れる度に日の出の光を反射してきらきらと輝いた。見慣れているはずの海なのに、いつもとはまるで違う眩いものだった。

とても奇麗だった。




立ち止まった俺の横で、ベルナルドも同じように太陽と海を見つめ、それからまっすぐにそれらを見据えて呟いた。



「『また一つ見つかった。

何が?永遠が!



―――それは、太陽と溶け合った海だ』」




俺はベルナルドの 横顔を見上げる。ベルナルドは思いのほか真剣な表情をしていた。



「……なにそれ」
「昔の詩だよ。フランスの詩人の」



恐る恐る聞くと、ベルナルドはいつもと変わらない優しい言い方で、前を向いたまま答えた。知らねーわ、と俺が言うとベルナルドはようやく俺の方を向いて、



「そうだろうね」



と言って困ったように笑った。


それは、きっとものを知らない俺に対して苦笑したのだろう。
でなければ、たぶんベルナルドは永遠を信じていないんだ。そんな気がした。


だけど、その時のベルナルドはきらきらした朝日に照らされて、ちょっと眩しそうに目を細めて。だからなのか、笑っているのになんだか少し泣きそうにも見えて。




なんだか、とても奇麗だった。

ちょうど、あの海みたいに。










ああ、永遠だ。





そう思った。




ただ、それだけの話。だけど。