14、せめて言葉を残してゆけ(ルキベル)‏‏‏

蒸し暑い日だ。ルキーノが隣でだるそうに襟足のあたりを掻き上げている。
艶のない黒い喪服に赤毛の髪がよく映える。俺はそのルキーノのうなじと髪の生え際を見るともなしに眺めてから、理由もなく目を逸らした。

「例えば、俺が死んだら」

葬式なんて一部の悲劇的なそれを除けば退屈なものだ。本日、人生最後の舞台で主役を演じるのは長老会の重鎮の一人で、正直いつ天に召されても不思議ではない年齢であったから余計に惰性ばかりが目につく。
祭壇には倦み疲れた死が横たわっている。


祭壇は彼の人の自宅に設えられている。教会に移されるまでの間、家族や友人が死者との別れを惜しむ事ができるようにだ。その向こう側に、老人たちに囲まれたジャンの姿が見える。ジャンは長老会のお偉方には大層人気で、生前の彼のお気に入りでもあった。

「俺が死んだら、お前には何を遺そうか」

ジャンの沈痛な表情を見ていたら自分がとても薄情な人間である事を実感し、それでも自己投影以上の感傷を持ち合わせない俺は他に聞こえ ないよう小さく呟いた。

さして面白くもなさそうにルキーノはこちらを一瞥して鼻を鳴らす。

「アルファロメオ」
「残念だがあの車はジャンにあげる事になっていてね」
「じゃあその年代物の時計」
「これは預かっているだけで俺のじゃない。ゆくゆくはジャンの手元に返る予定だ」
「なら、この間お前が一式誂えていたコンプレート、コート付きでな」
「あれはお前には少し小さいだろう。お前、俺の持ち物の中で値段の高い順に言っているだけじゃないか」
「バレたか」

笑いもせずにルキーノは答えた。
生温い沈黙が二人の間にも侵食する。場に似つかわしくない、少々不謹慎な話題だったかと反省しかけた時、ルキーノが正面を見たまま口を開いた。

「もし俺が先に死んだら、お前は何が欲しい?」

視線の先には、ジャンがいる。同じように俺もジャンと、ジャンの周りにいる人々を見つめる。

「何もいらないよ。お前のものなんて一つも」
「へえ?」

向こうの方で、ジャンが何かを言って微笑ん だ。それだけで錆びついた空気が少し柔らかくなる。そうだ、ジャンは笑うべきだ。ジャンの笑顔が手向けならば死者もきっと本望だろう。

「ただ、死ぬ間際にたった一言、俺の名前を呼んでくれ」

自分の声がやけに遠く聞こえた。今日初めてルキーノが笑う気配がしたが、俺はあえて視線を動かさなかった。
厚い唇が耳元に寄せられる。微動だにせずに平然と受け流す俺にかまわず、ルキーノは囁いた。

「いいぜ?ついでに『愛してる』って言ってやるよ、ベルナルド」



けれど、それは果たされない約束だ。
きっと俺の方が先に死ぬから。そんな予感がする。
遺された、俺の抜け殻のようなコンプレートを抱いて、お前は泣くだろうか。虚ろに笑うだろうか。

またお前を一人ぼっちにするのはとても心苦しいよ、ルキーノ。