8.空欄に泣く(イヴァロザ)‏

ベルナルドが悪い。
律儀にも机の上にカレンダーなんつーもんを置いてやがるから、思い出しちまったじゃねえか。

今月はお嬢の誕生日だった、なんて。



「どうした、イヴァン?」

本当に一瞬だけ、コンマ何秒かの間カレンダーに気を取られた俺にこの眼鏡は目ざとく気付き、さらには妙な事にだけ無駄に鋭いこの男は、ああ、と訳知り顔で微笑した。

「グリーティングカードを送るくらいなら構わないと思うぞ」
「必要ねえよ。もう関係ねーんだよ、俺とアイツは」

お嬢はカタギの世界に行った。たかがカード一枚ですら関わるわけにはいかない。
それが俺なりの、ケジメのつもりだ。




去年までは半ばせがまれてだが、それでも誕生日にはちゃんとプレゼントを贈っていた。
お嬢がまだほんのガキの頃は、それこそ極端な話、そこらのちょっと奇麗な石ころでもやっていればそれで良かった。
だが年が経つにつれてアイツは大人になり、女になり、奇麗になっていった。俺は年々何をやればいいのかわからなくなっていった。
プレゼント選びはいつも難航し、いつもこの時期いっそプライドを捨ててその辺の事に慣れているルキーノの野郎にでも相談しようかと血迷うくらいには頭を悩ませた。

去年は写真立てを贈った。
悩みに悩んだ結果がその無難さ。ダサすぎる。
正真正銘のお嬢サマから、ありきたりすぎてつまらないと文句を言われるのも覚悟だったが、意外にも手放しで喜ばれた。大切にするわ、と笑ったアイツの瞳はほんの少しだけ濡れて煌めいていた。


……つまりは、何をやっても結局喜んだんだよな、あのお嬢は。
それに気付いたのは最後のプレゼントを渡した後で。


あの写真立てに何の写真が収まっているかを俺が見る事はない。




「毎年カレンダーに丸をつけていた日が空欄になるのは寂しいものだね」

毎年、ヘタをすれば一月近くも苦しめられた頭痛の種から解放されてせいせいしたはずなのに、いざなくなると何か物足りないような。

これを例えばこの男ならば寂しいと呼ぶのか。
ああ、たしかにそうかもしれない。

ベルナルドがまるで絵本でも朗読するような穏やかな口調で呟くから、思わず素直に頷きそうになった。あぶねえ。

「うっせえよ。丸なんかつけてねーし!つか、カレンダーなんざ持ってねーよ!」

俺が怒鳴るのはいつもの事とばかりに、眼鏡野郎は微笑って聞き流した。

「お前の事じゃなくて、俺の話だよ」

宥めるようにそう付け加えた。コイツの、そうやってすぐ年上ぶった物言いをするところがいちいち癇に障る。
自分の話だって?どうせフラれた女の誕生日でも思い出してメソメソしてたに違いない。

カレンダーを見つめてでかい図体で泣いているベルナルドを想像してみたらかなり面白かったので、それで許してやる事にした。



来年はカレンダーでも買うか。
空欄の日付を見て、毎年この日だけは、あの少女の事を思い出してみるのも良い。





ま、俺は泣かねえけどな。