7、聞くな、それは私の言葉ではない(ルキベル)

そこは見覚えのない教会だった。

小奇麗だという印象を持ったが他に取り立てて特徴があるわけでもない、よくある小さな教会のようだった。ようだ、と表現したのは何故だかその情景は細部が霞みがかっていてどうにもはっきりとは見えないのだ。ただ、俺は理由もなくそこが教会だと認識し、疑う事なく納得している。

とにかく、その何の変哲もない教会の、おそらく二階部分に俺は突っ立っていた。
ガラス張りになったその二階からは祭壇が見下ろせる。
階下では結婚式が執り行われていた。


ただ、それは奇妙な結婚式だった。
司祭らしき男はもっともらしく聖書なんぞを片手に携えてはいるが、敬虔とは程遠い気味の悪い薄笑いを浮かべている。どう考えても場違いな丸い黒眼鏡のせいでより胡散臭く見えた。
見覚えのある男だ、と思った。

だが司祭はどうでもいい。
祭壇の前に並んで立つ二人の人間。彼らが式の主役であるはずだが、白いドレスに身を包んだ花嫁はどこにも見当たらず、二人ともが白いタキシードを着ている。つまり二人とも男だ。
奇妙だ、ともう一度思い、それから気付いた。

片方の男、緩いウェーブのかかった髪を軽くまとめた、長身で痩せすぎなくらい細い後ろ姿、見間違えようもない。

俺はそいつの名前を大声で呼んだが、それは音にならなかった。

式は着々と進んでいる。
不気味な司祭が決まり文句を楽しげに読み上げ、目の前の二人に誓いの言葉を要求した。二人はそろって頷く。



誓います。



低く艶のある声が厳かに言うのがはっきりと耳に届いた。

たまらなくなって俺は階下に降りようと辺りを見回したがどういうわけか下に降りられそうな階段も何も見つからない。仕方なくガラス窓を拳で力一杯殴りつけた。それでも頑丈なガラスはびくともしない。それどころか窓は音一つ立てなかった。それでも何度も両手で叩き続けると、ふいに祭壇の前の男が振り向いた。


ハレーションを起こしたように白くぼやけた視界の中、振り向いた顔はたしかに俺の知るあいつだった。
新緑色の瞳は歓喜だか悲哀だかわからないが、明らかに涙で濡れていた。

とても、奇麗だった。


「ベルナルド!」





そこで目が覚めた。







この話をベルナルドにすると、酷い夢だ、と言ってベルナルドは爆笑した。
たしかに口にしてみるとあまりにも馬鹿らしい話だったが、夢なんて大抵が荒唐無稽なものだろう。

ひとしきり笑ったベルナルドは、苦笑に近い表情になってこちらを見た。

「心配しなくてもいいよ、ルキーノ。俺は絶対に神の前で愛を誓ったりしない。そんな不敬な真似はできないよ」

愛なんて幻想か、さもなくば嘘だ。

言葉にはしなかったが、言いながら伏せられた瞳がそう語っていた。
本気でそう思っているならそれはそれで大問題だが、とりあえず俺はベルナルドのその宥めるような物言いを鼻で笑い飛ばす。

「心配なんてしてねえよ」

ただ、ちょっと妬いただけだ。そう付け加えるとベルナルドは夢の中とは比べものにならないほど鮮やかな笑顔で笑った。失笑したともいうが。


あれがもし現実だったらガラスを割ってでも攫いに行ってやる。
夢の中の俺は無力だったが、現実の俺ならそうはいかない。




相手の男の顔はどうしても思い出せなかった。