2.いつのまにか(ルキベル)
唇に、ルキーノの唇が触れる寸前、俺は反射的に目を閉じた。
キスをする時に目を閉じるのはマナーの一種だと思っていたが、最近その考えを少し改め始めている。
視覚が閉ざされるとその他の感覚がより鋭くなるから、大きな口に捕食されるような口付けを深く感じたくて瞳を伏せる。今日もまた、触れるルキーノの唇がいつも変わらない熱さを有しているのに満足して、薄く唇を開いた。
キスが甘いなんて幻想にすぎないが、だとすればこの、絡ませ合った舌が痺れるような、病みつきになる味を何と形容すればいいのだろうか。目の前の、眼鏡をうまく避けてキスする技術に長けた男に聞いてみるのも悪くない。
短時間でのキスは愛撫というよりもスキンシップの一環のような気安さで終了した。
ついさっき考えていた事はやはりもっとムードのある時に口にしよう。
濡れた唇のルキーノはもう睦言を囁くような雰囲気ではなく、相応の距離を保ちつつ親しみを込めて俺の肩を叩いた。
「それじゃあ、夜の幹部会議までにはまたここに戻る」
そう言って開いたばかりのエレベータのドアの中に素早く滑り込んだ。
振り返りもせず。
階数を知らせるエレベータランプが地上階で点滅するまでじっとその場で見守り、ようやく、いや今更になって俺は周囲を見回した。
その、本部の幹部執務室が並ぶフロアの廊下一帯を。
現在、辺りに人気はない。短い時間だったし、ここはもともと特定の人間とその部下しか出入りしないので大丈夫だろう、たぶん。
一応自己弁明を図ると、ここが本部だという事を忘れていたわけではなく。
ただルキーノとのキスはあまりに日常的になりすぎていて、しかもアイツのキスまでの動作も自然すぎて、隠さなければならない関係だという事を失念していたというか、いや違うな、気付いてはいたが失念したフリをして口付けを受け入れてしまえと思ったというか。
……しまった、言い訳になっていない。
「どうも、慣らされているな」
あるいは溺れているというべきか。
一人呟いて苦笑したつもりが、予想外に楽しげな笑いになってしまい、俺は片手で眼鏡を押し上げる仕草で緩む頬を隠して、部下の待つ自分の執務室へ向かった。